院長紹介

院長プロフィール

●略歴

1980年 (0歳)大阪府泉南郡熊取町にて出生
2001年 (21歳)関西鍼灸短期大学 (現・関西医療大学) 卒業
2004年 (24歳)関西医療学園柔道整復科卒業
2004年 (24歳)日本プロボクシング協会認定プロボクサーライセンスを取得
2008年 (28歳)神戸鍼灸整骨院を開院

●国家資格

平成13年鍼灸師(国家資格)取得
平成16年柔道整復師(国家資格)取得
はり師第119157号
きゅう師第119061号
柔道整復師第44173号

ごあいさつ

はじめまして。
神戸(かんべ)淳(じゅん)と申します。

岸和田の春木町で歯科医院を営む歯科医の父と、専業主婦である母の間に3人姉弟の末っ子長男として誕生しました。
私が幼少期の頃はまだ歯医者さんが少ない時代で、父は受付から治療まで全て一人で切り盛りしていたので大変忙しく、家では父と接する機会があまりないような状況でした。
しかし私は、そのように頑張っている父の背中が大好きで、誇りに感じていました。
祖父が軍医だったこともあり、自分も大人になったら医業に携わる仕事をしたいなと、なんとなくそのようなことを思いながら育ちました。

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青少年期


中学・高校時代は当時人気絶頂だった辰吉丈一郎選手の影響で、ボクシングに魅入られて学校が終わったらすぐに大阪市内のボクシングジムまで通うという生活を送っていました。
高校卒業後の自分の姿なんてほとんど考えることもなく、ただボクシングに没頭していたように思います。
そんな頃、母が更年期障害をわずらい、つらい毎日を過ごすようになりました。
私が親の気持ちも考えず日々自分勝手に過ごしていたので、子育てがうまくいかないという悩みを抱えていたのも原因だったかもしれません。

病院で薬を処方されても症状が改善されるようなことは一切なく、立ち上がるとめまいでふらつき、耳鳴りが止まずイライラし、生きるのも辛そうな状態でした。
そんな時にわらにもすがる思いで母がたどり着いたのは、整体と鍼灸治療でした。
初めてその治療を受けて帰ってきたときの母親の表情がとても明るく、しゃんしゃんと歩いて帰って来たのは今でも覚えています。
それから1週間に2回の治療に通い続けているうちに母親の状態はどんどん改善されていき、完治するにいたったのです。
つらい日々を過ごしていた母が、楽になっていく様子をそばで見ていた私は、「こんな仕事がしたい!」と心から思いました。わたしが治療家になろうと決意した瞬間でした。

治療家の道へ


高校卒業後は治療家を目指すべく専門の養成学校に入学。
鍼灸師と柔道整復師という資格を取得するために6年間医療の学校に通いながら、大学付属診療所の整形外科臨床室や整骨院などで修行しました。
3つの国家資格をすべて1発合格で取得し、治療家としての道を本格的に歩むのですが・・・。

き、効かない・・・!?
養成機関で一通りの知識・技術を学んだものの、実際の臨床では教科書通りにはいかない。
例えばひとえに腰痛といえども、100人の腰痛患者がいれば100通りの腰痛があります。だから治療にマニュアルなんて存在するわけがないのです。
つらい表情で来院するものの効果がなく、「ここもダメだった」と意気消沈して帰られてしまう。また、帰してしまわざるを得ない自分の無力感と腹立たしさに嫌気もさしました。

しかし、それからは休む暇もなく、1日15時間、仕事と勉強に時間を費やし続けました。
そんな中、自分自身の体に異変が起きたのです。

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痛みと麻痺で歩けない!


実は成長期に激しいスポーツを続けていたのもあり、私自身「腰椎分離すべり症」と「椎間板ヘルニア」を発症し、慢性的な腰痛に悩み続けていました。
毎日職場の仲間とマッサージし合ったり、良さそうな整体に通ったりしましたが、その時だけ良くなったような気がするだけで根本的に改善されていくような実感はなかったのです。
毎年冬になると必ずぎっくり腰を起こし、腰が抜けて立てなくなって布団から出られなくなるほど。その度に病院に通ってブロック注射を受けて応急処置をしていましたが、これはもう持病だとあきらめていました。

そして27歳のある朝、起きようとしたら腰の激痛で起き上がれない。「うわ~またぎっくり腰か!?」・・・でも、いつものぎっくり腰とは何かが違う。
必死で起き上がり、なんとか立ち上がったところ、右脚の感覚がない。
しびれどころか、触っても感覚がなく、脚を上げることができない。右脚を引きずってなんとか歩こうとすると、右脚が地面に着いた瞬間に耐え難い腰の激痛が走ります。

急遽、病院で検査をすると椎間板ヘルニアが相当ひどくなっているとのこと。担当医師からは「薬物療法で治らなければ手術を考えてみたら?」と言われました。
しかし、手術はできることならしたくない。そんな思いで様々な医学書や海外の文献や研究データなどを読み漁り、辿り着いた結論。

・・・それは

結局のところ、痛みは『脳』が感じているということ。
そして、今の自分の姿はこれまでの人生の結果であるということ。
つまり、慢性的な腰の痛みを放置してだましだまし生きてきたことそのことが原因だったと気づいたのです。

骨格のゆがみ、ストレス、日常生活の環境。


私自身の生き方が姿勢に現れている。 猫背でガニ股で歩く、人間関係やお金のことなどで深い悩みや不安に襲われることがあったり、食生活が乱れていたり・・・。 自分自身としっかり向き合うことが本当の治療だということが初めて理解できたのです。

それからというもの、骨格のゆがみを整えるための体操やセルフケアを研究実践し、ストレスを解放するための脳医学を学び、本気で身体を変えるために日常生活を見直し、改善しました。

そうした努力が実を結び、ついに腰の痛みと右脚麻痺から解放されたのです。
普通に立てる喜び、普通に歩ける喜び、普通に過ごせることがどれだけ幸せなことかを噛みしめた瞬間でした。体が根本から改善したことで、ボクシングにも復帰することができ、35歳の今でもたまに試合出場しています。

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2008年に開院して以来40,000人の治療実績


自分自身の経験から大きな気づきと、健康の原理原則を学んだことで、理想の治療をさらに追求し、以前の自分と同じようにつらく悲しい思いをしているたくさんの方々に最高の治療を提供するため、浪速区稲荷にて独立開院しました。

現在でも年間200時間以上費やして、日本全国で行われている学会やセミナーに出席し、常に最高のものを提供すための’技術’と’知識’、そして’人間力’に磨きをかけ続けています。

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